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健常者がいかにしてネットを退化させたか

 

健常者に「他者」は存在するのであろうか。たとえば昨今増えた炎上でもそうだが、

「ハゲはキモい」と言った人間が、その後にハゲとハゲの友人たちに取り囲まれて涙

目になっている光景が増えた。どうも不思議なのは、その「ハゲはキモい」と言った

人間は、その自分の発言がハゲの人やハゲの友人の耳に届いても、彼らが不快になる

ことはないと考えていたことである。これはサイコパスではないか?

 

私たちは普通、「こういったら相手は何と思うかな」と思いながら発言する。それは

現実でもインターネットでも変わらない。「私の発言はどう受け取られるのだろう」

という意識が常に頭の隅にある。一瞬だけ、私たちは他者の身になって考えることが

ある。

 

私たちは、何かに不快感を持っても、それをすぐに表出はさせない。その「何か」を

とても大切にしてる人が居るかもしれない。そういった「何か」を大切にしている親

や友人や恋人を持つ人が居るかもしれない。私たちが何も考えずすぐにその「何か」

に対する不快感を表明してしまうと、それによって傷ついたり萎縮してしまう人が居

るかもしれない。そういったことをするのが嫌だから、我々は考えて表現する。自分

の表現によって幸せになった人がいるのなら、それはとても幸福なことだが、自分の

表現が誰かを不幸にすることは耐えられない。

 

私たちが何かに対する不快感を表明するときは、それなりの覚悟を持ってやってい

る。匿名ならともかく、アカウント付きで表現するならなおさらだ。そういった私の

不快感表明の内容に対する批判や罵倒は覚悟しているし、相手にするに値しないと

思った批判はスルーする準備もできている。私たちは「攻撃的な・露悪的な表現をす

る自覚(準備)」をしていた。

 

これらは全く特別なことではなく、今までのインターネットで自然に行われていたこ

とである。「自分の発言がどう解釈されるか」を考え、何かを批判する表現のとき

は、そういった攻撃のエネルギーがそのまま自分に返ってくることを想定する。

 

古参ネット民が自然にできていたことである。ゆえに我々は喧嘩に対しても全く躊躇

しない。意見と意見を戦わせることは不快ではない、むしろ楽しいことである。

 

 

そういった私たちの営みが、終わりを告げようとしている。健常者たちの襲来であ

る。ただ健常者たちも最初は行儀が良かった。ゼロ年代中はまだ、古参たちのルール

に従っていた。だがゼロ年代が終わってからは目も当てられなくなっているのが現状

である。健常者たちには「他者」が存在しない。

 

「ハゲはキモい」と言った健常者が居る。それを言うことは別に構わない。覚悟を

持ってそういう露悪的なことを言ったのなら堂々としていれば良い。ところが不思議

なのは、その発言を聞いてハゲやハゲの友人たちが怒ると、健常者はビックリし始め

るのである。「何で怒ってんの!?」と目をまん丸くして固まっているのだ。

 

どうやら健常者は、「ハゲはキモい」と発言してもハゲが怒らないと思っていたよう

なのである。私には信じられない。

 

「ハゲを怒らすつもりで言った」というのならわかる。「どうしても言いたいから、

ハゲに怒られる覚悟で言う」というのもわかる。しかし「ハゲはキモいと言ったらハ

ゲに怒られてビックリ」というのは私には全くわからない。断言する。これはサイコ

パスである。他者というものが全く存在していない。自分ひとりの真っ暗闇の世界で

生きているのだ。

 

健常者は世界に「自分」しか存在していないのだ。だから、ハゲとハゲの友人に囲ま

れても、適切な対処がとれない。まずここでの対処には2つしかない。謝るか、スルー

するかだ。ところが健常者はどちらもしない。まず謝らない。いつまでもいつまで

も、「私がハゲが嫌いな理由」を演説するだけで、謝らない。そんな演説は誰も望ん

でいないのに。だから聴衆の怒りが一向に収まらない。

 

謝る気が無いのなら、スルーすればいいのに、これもしない。聴衆から飛んでくる罵

詈雑言の1つ1つにいつまでいつまでも丁寧に対応している(言い返している)。おも

てなしだ。だがこんなに意味の無いおもてなしがあるだろうか。

 

このような昨今の健常者の炎上、また炎上後の対応は醜い。上のああいった一連のハ

ゲ炎上を見たとき、私がどう思うか。ハゲでもなくハゲの友人が居ない私があの光景

を見たって、間違いなくハゲ側の味方になるに決まってる。悪いのは明らかにハゲが

キモいと言った健常者である。

 

私にとって健常者はエイリアンにしか見えない。のび太くんは、カミナリさん家の窓

ガラスを割ると逃げる。悪いことをしたとわかっているからだ。しかし健常者は逃げ

ない。カミナリさんが怒鳴って出て来ても、「なんでオジサン怒ってるの?」と来た

もんである。これは人間の反応ではない。

 

この恐ろしい健常者の数は年々増えている。はっきり言ってネトウヨよりも悪質だ。

ネトウヨは人間であった。血が通っていた。彼らの原動力もとても(醜い)人間らし

いものであった。だから、彼らの言説がいかに間違っていようとも、彼らが存在して

いる価値はあった。

 

昨今の健常者に血は流れていない。ネトウヨのような悪質さが無い代わりに、良いと

ころも無い。無味無臭なのである。それは他者を認識していないから無味無臭になる

のだ。サラッサラなのである。こんな健常者たちが「俺たちおもしれー!」と言った

ところで誰が頷くであろうか。

 

健常者によってネットは退化した。健常者が商売を始め、ネットは終わった。健常者

たちの正常な吐息によってネトウヨは現実に追い出された。ネトウヨが具現化してし

まった。健常者は他者の気持ちを考えない。2ちゃんねらーよりも人の気持ちを傷つけ

ている。私が健常者を許すことは無い。あなたたちはインターネットを破壊しただけ

なのだ。

 

 

 

「所得の低そうな人ほど、牛丼チェーン店で”ごちそうさま”と言う」→炎上

http://togetter.com/li/617284