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穴と泥の王子

 

 

 「ありのままの~♪」が何で感動的なのかって、それは普段から「誰も傷つけたくない」とか「周囲に迷惑をかけたくない」とか思い悩んで葛藤している人間が、しかし一大決心をして「ありのままで~♪」と自分を解放するから感動的なわけで、それとは逆に、誰かを傷つけても心が動かない人間だったり、周囲に迷惑をかけても気づかない人間はそもそも普段から「ありのまま」で生きてるわけでして、そんな人間が「俺もありのままに生きるぞ!」とか言ったら周囲から大ブーイングが起きるのは当たり前でしょ。「お前はいつもありのままだろw」「お前はもうちょっと取り繕えよ!」って。

 

 「電車でハゲのおじさんを見かけて、爆笑したかったけどそんなことしたら周囲から白い目で見られるから笑えない!息の詰まる社会だ!」ってありえないでしょ。お前がハゲをおもしろいと思うのはお前の内心の自由だし、自分の家で友達と一緒に「今日見たハゲ」を馬鹿にするのもお前の自由だけど、公共の場でお前にはハゲを笑う自由も馬鹿にする権利も無いよ。でもどうしても電車で、ハゲのおじさんの目の前でそのハゲを笑いたい?どうぞご自由に。もし何か起きても俺はお前の味方をしないし(おじさんの味方になるし)、公共の場でそんな行動をするお前を軽蔑するだけだ。

 

 ハゲのおじさんでも車椅子の人でも派手なカッコした女の人でも、馬鹿にされずに自由にどこにでも出歩けるように、というのが先進国が大事にしている価値観なのに、そういった自由な世界をディストピア扱いされても困る。ならどこかの後進国に行けばいいじゃないか。車椅子の人間に石を投げ、性に奔放そうな女を見たらレイプしてやれよ。「ありのまま」に生きてろよ。

 

 俺たちは取り繕うことで何とか生きてるのにその取り繕いすらしたくないと言うんなら名無しになれよ。ここからはネットの話になるけど、ゼロ年代が終わってから本当に顕著になったのは、名無しでやるべきようなことを、名前や所属を出してやる人が増えたこと。俺は彼らのノーガードっぷりにビックリするよ。あのね、良いことをやる人が、自分の名前や所属を公開するのはリスクが少ないですよ。でも俺が本当に不思議に思うのは、誰かの恨みを買うような、誰かを傷つけるような言動をする人が、名前や所属を公開していること。じゃあさ、恨みを持った人とか傷つけられた人は、その公開されてる個人情報を利用して復讐を考えるに決まってるっぺ。たとえばさっきのハゲのおじさんは、自分のハゲを笑って来たそいつの住所氏名電話番号がわかったときに、一体どんな行動をするだろうか?俺たちが「復讐は何も生まない」って説得したって、おじさんの心には届かないときだってある。

 

 そこら辺の危機感が足りない人はほんと増えた。で、実際に復讐をされると、「じゃあ俺はネットで好きなこと言っちゃいけないのか!?」って怒り狂うんだよね。いや、好きなことをやるにしても限度や手順があるわけで。そこすっ飛ばしていきなり自分の本名と家族友人の個人情報を堂々と看板に掲げながら「近所の○○ちゃんレイプしたい」とか「セブンで万引きした」とか「俺の会社のサービス使ってるのはブサイクばっかwww」とか言うのは、ありのままに生き過ぎというかキチガイの領域ですよね。自分から復讐されに行ってるの?

 

 そういうことを、何で俺より健康な人たちがわかっていないのか理解に苦しむ。ノーガードで「ありのままで~♪」って言って周囲の人を殴りつけてる人間が、その場から排除されたり反撃されたりするのは当たり前だろ。それは現実でも同じだよ。お前が「俺は盲人が嫌いだから。盲人が嫌いなのがありのままの俺だから。自分を大切に、自分らしい行動する。」っつって盲人に暴行を始めたら俺はお前の味方はできないよ。盲人を守って、お前をぶっ飛ばす。お前が自分らしくしたければすればいいけど、俺も自分らしく介入するからな。そこからは戦争だよ。お前のお前らしさを潰してやる。

 

 人の欠点を笑う人間を、人を傷つける人間を、何で俺が公共の場で受け入れなきゃなんねぇんだよ。俺はお前を受け入れない。ありのままに生きるっていうのはそういうことじゃねぇんだ。 自分の加害性とか、 自分の中の悪とか、 公共の幸福とか、 そういうもんで悩みぬいた人間に提示される生き方の1つが「ありのまま」であって、普段からありのままに生きてるテメェがさらにありのままになってどうすんだよw 「売春婦を馬鹿にする自由は無いのか!」ってそんなもんねーよバーカwww

 

 露悪的な言動も、それは許される場所や許される関係性の中でやってりゃ大事にならないで済むのに、何でお前と面識も無い俺に、いきなりお前のブラックな面を見せつけて来て、「俺の黒い部分も全部受け入れて!」とか言っちゃってんの?俺はそんな軽い男じゃねぇんだよ。俺のキャパシティには限度があるんだよ。受け入れて欲しかったら仮面かぶって名無しになってから来い!

 

 こういうことも、ゼロ年代が終わってからはいちいち健常者に説明しなきゃならなくなった。妖怪はそこら辺わきまえてたけど、みんな隠れちゃったからね。んーなんていうかね、「ブサイクにブサイクって言えないのは監視社会だ!」みたいなことをネットで言うよね健常者は。俺はそこで「ちょっと待って」って思うわけ。そこでブサイクと思ってもブサイクって言わないから俺たちは人間であるわけで、思ったこと全部口から出すならそれは獣と何が違うのって思うわけ。脳と口が直結してるのに人間ヅラするのはアカン。「あいつがブサイクなのは真実だからブサイクと言っても良い」っていうのも最近のロジックなんだけど、じゃあ俺もあんたをマジマジと見て「ホントのこと」言っても良いかい?

 

 まぁでも俺の言ってるこういうことも時代遅れ。今は電車内で他人をスマホで撮影してそれをツイッターにアップするのが一般的になってるもんね。「こいつキモいw」とか「こいつハゲw」とか「この二重顎すごいw」とか、デジタルネイティブのティーンは自分の本名晒しててもやりたい放題ですよ。そら、いい歳した議員さんが「本当のことだから言っても良いだろう」とか言う国なんだから若者だってそうなるわな。「この人がキモいのは本当でしょ?」ってなもんですよ。そんな若者がウジャウジャ育ってくるんだから、俺が各個撃破しても焼け石に水みたいなとこはある。健常者たちに自浄作用があればいいんだけど、なかなか期待できそうにはない。