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当たり前のことで悩むのはなぜか(2)

 

前章 → http://masudamaster.hatenablog.jp/entry/2014/08/02/145702

 

 

  「自分の好きなことを書きたい」と健常者は言う。それは結構なことである。自分の意見を表明したり、何かを批評したりすることで、インターネットは活性化するのである。ところが、彼ら健常者の言う「好きなこと」と私たちの考える「好きなこと」には大きな隔たりがあった。まず、これは女性に顕著なのだけれども、わざわざ自分の実名を出したりアカウント名を出したりしながら、ネガティブなことを言う。悪口を言う。それが彼女達の「好きなこと」であるらしい。それを聞いた私たちはそういったものを挑発と受け取るので、いざ戦闘体勢で乗り込んでみると、彼女たちは「そんなつもりは無かった」「ありのままの自分を出しただけ」と言って逃げたり隠れたりしてしまう。そうすると乗り込んだ側は急激に萎えてしまい、罪悪感と微妙な雰囲気だけが残る。もし彼女達が応戦してくれれば非常に楽しい場となるのだが、彼女たちは挑発してスタコラサッサという人たち(言いっぱなし)なので、読者はまるでピンポンダッシュを受けたような気分になり、ストレスやヘイト値だけが溜まっていくのである。

 


 名前を出して何かポジティブなことやおもしろいこと(というよりも、その人のこだわり・情熱)を書くのならわかるが、名前を出して程度の低い悪口しか書けないのなら、最初から名無しでやるべきである。2ちゃんねるでやるべきである。世の中には自分の名前を出しておもしろい悪口を書く女性もいっぱい居るのだから、彼女たちのような芸を確立できないのであれば、大人しく2ちゃんねるでやるべきである。ところがはてな新規参入組の女性ブロガーというのは、暇な○○とか、オタクの夫を持つ○○とか、とにかく自分の属性を前面に押し出して、ブログタレントになろうと目論んでいる。男性はそういう下心は隠すものであるが(一部例外は居るとして)、女性はなぜかそこら辺の危機管理がユルユルで、大げさなブログタイトルやアカウント名で注目を集めておきながら、やってることは大したことがない(ヘイトが集まるばかり)、というケースが相次いでいる。

 

 

 これは、たぶんはてなが「はてな女子になって人気ブログでガッポガポ!」とか広告をうっているのか、もしくは、はてなという場の雰囲気自体が、そういった成り上がり欲を、普段文章を書かない人たちに催させているからなのかもしれない。しかし、ガッポガポや成り上がりドリームは大きな誤りである。「○○大全」という記事を読みに行ったら、情報が何も網羅されてない、「○○について考えた」という記事を読みに行ったら、何も考えてない。そういう雨後のタケノコみたいな奴らが集まってもどうしようもない現実というのはある。ワナビーに夢を見させて金を取るのは立派なビジネスの一つではあるが、はてなもついにそれに手を出したということなのであろうか。

 

 

 そういったワナビーたちは、シーサーブログやアメーバブログの人間たちよりも文章をナメている。シーサーブログやアメーバブログ、また他のブログサービスの人間たちは「他者」や「外界」をきちんと認識して、気を使って文章を書いている。ところが、サードブロガー以降のはてなの書き手というのは、定期的に「何であたしが気を使わなきゃいけないの?」という愚痴記事を上げ、お互いを慰め合う。これは例の相対化であり、つまり、「気を使わされるこっちも被害者だよね」「ねー」ということを言っているのである。

 

 

 恐ろしい愚民たちである。本来は気を使って書くはずの文章というものを、気を使わずに好き勝手書きたいと言っているのである。まぁそういった欲求を持つことは悪いことではないし、好き勝手書ける場所は2ちゃんねるを始めとしてそこら中にある(今はクローズドな場も発達してる)のだから、そこでやれば良いのだが、問題は、彼らはそれを公のブログでやりたいと言うのである。

 

 

 そんなことを言われたら、古参は彼らを止めるしかない。当たり前のことができない人間がブログを書いたって傷つくだけである。シーサーブログやアメーバブログの人たちが適切にインターネットとの距離を保ちながらブログを運営しているのに、そういうことができず、ありのままの無修正の気持ちをはてなで垂れ流したいと願っても、絶対に傷ついて終わるに決まっている。はてなに限らず、インターネットはユートピアではない。闘争心も戦略も無い雨後のタケノコが好き勝手やっていれば、通りすがりの歩行者に刈り取られて終わりである。

 

 

 「気を使わされるこっちも被害者だよね」なんてことを言えるのは、インターネットを舐めていたからに他ならない。インターネットだからこそ気を使わなければならないことなど山ほどあり、面倒ではあるが、しかし、私たちはインターネットで表現をしたいから、語りたいから、気を使うのである。ところが、2013年以降に現れたタケノコのような健常者たちは、「気を使えと強要するのは加害」というロジックを盾に勢力を拡大してきた。しかしそんなロジックで武装したところで、それとは関係なくタケノコに対するヘイト値は静かに溜まっていくのだから、無意味である。インターネット、そしてはてなユートピアであるという幻想を捨て、はてな村はてな運営をアイドル視せず、自分が本当に伝えたいことを言葉を選んで書き連ねれば、自ずとイッパシのブロガーになるはずなのだが、健常者はそういうことがやりたくないようである。

 

 

 そういうことはやりたくないけど有名にはなりたいという矛盾に、今はてなのたくさんのブロガーたちがぶつかっている。そういうことがやりたくないのならアンタの表現欲求はその程度だったんじゃないかと言いたくなる。とにかく、この「ユルユルの雰囲気のまま、気を使わずに有名になりたい」という健常者たちの欲求がどのような結末を迎えるのか、その行く末を見守って行こうと私は思う。

 

 

 

 

 


誰一人傷つける事も不快にさせる事のない文章なんてないと思った話

http://himashuhu.hatenablog.com/entry/2014/08/01/%E8%AA%B0%E4%B8%80%E4%BA%BA%E5%82%B7%E3%81%A4%E3%81%91%E3%82%8B%E4%BA%8B%E3%82%82%E4%B8%8D%E5%BF%AB%E3%81%AB%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%8B%E4%BA%8B%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%84%E6%96%87%E7%AB%A0%E3%81%AA