女性型ロボットに対する忌避感

 

 

 女性型ロボットに対する忌避感はなぜ生じるか?「セクシーあるいは家庭的な女性型ロボットがいると、旧来の女性的役割を人々に想起させ、人々の深層心理に影響を与えるから(ロボットのせいで人間の女性にいつまでも旧来の女性的役割が課され続けてしまうから)」ダメなのか?それとも、「女性の体は貴重な財であり、その財の模倣品を大量生産し女体の価値をデフレさせるのは言語道断」であるからダメなのか。

 

 

 根本的に、女体に価値があるから女性は「旧来の女性」のイメージから逃れられないわけで、女体の価値がデフレすれば、女性には旧来の女性的役割も課されなくなる。「女体に価値がある」ことと、「女性に旧来の女性的役割が課される」ことはセットである。つまり、女性型ロボットが人間の女性に代わり、男性のセックスの相手をし、更に料理・出産さえすれば、人間の女性の体の価値は男の体の価値と同程度にまで下がるが、同時に、人間の女性は旧来の女性的役割(セックス・出産・料理)からも解放される。いいとこ取りはできない。表だけのコインは作れない。もちろん、私の考えている理想的社会・レズビアン帝国では、女性が自身の体の価値を保持したまま女性が主人として振る舞うことが可能だ。しかしこの話をいくらしたところで、女性たちから好意的な反応が返って来たことはない。私の提案する社会を良しとしないのなら、女性たちは一体なにを志向してフェミニズムを推進しているのかさっぱりわからない。女性たちは最終的には寝室で男にレイプされたいわけだ。

 

 

 「ロボットの人権」の話を進めると、これ、「ロボットに旧来の女性的役割を課すのはロボットへの差別」みたいな話になりかねない。つまり、「人は自分で食うものは自分で料理しろ」「人は性欲が沸いたら、誰とも交わらずに自分で処理しろ」みたいな話になる。ロボットに料理とかセックスをさせるとは何事だと。しかしまぁ、ロボットの主観で不快でないことを禁止するのもどうなの、という考え方もある。8歳くらいまでの子どもの死は子ども自身の主観としては大したことない、子ども自身にとってはさほど悲劇でもないという話もある。しかしその考え方だと今度は、「客観的に見て残酷だから止めろ!」という論法が成立しなくなる。私の正常位禁止論なんかも成立しなくなる。正常位は客観的に見て残酷だが、女性の主観で見ればキラキラと輝く愛の世界なのだ。男に乱暴にされると喜びを感じるようプログラミングされた女性型ロボットを男が暴行することは倫理違反になるか?ある男が人間の女性との関係を断ち、レイプされることに喜びを感じるロボットとしか性行為をしない場合、そのロボットは人間の女性を危険に晒すか?

 

 

 女性型ロボットもやはり、「女性はなぜ女性なのか?」という理由を救いようもなく私たちに突きつけてくるだろう。そのとき私たちはどうするのか?ロボットを破壊して、見なかったことにするのか、それとも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はてなブックマーク - 受付嬢ロボット、欧米はNO「ジェンダー偏見助長する」:朝日新聞デジタル

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASL7645G4L76UPQJ006.html

 

 

ステロイドホモビカムヒューマンダスト - ニコニコ動画:RGAKRS さんの公開マイリスト

http://www.nicovideo.jp/mylist/62255572

 

 

 

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セクサロイドと言うとどうも一般的なセックスしかしないような想像をしてしまいがちだが、実際には違うだろう。人間の多様な性癖に付き合える変態ロボットを作ることなど造作もないことだろう。

http://b.hatena.ne.jp/entry/367751211/comment/masudamaster

 

 

セクサロイドと人工子宮による女性解放

http://masudamaster.hatenablog.jp/entry/2017/07/29/100445

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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