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フェミニズムの行き止まり

 

 

 ジェンダーフリーの限界というのは、男性が「男性らしさ」を纏うことによって果たして来た責任というものの担い手が居ないということに尽きるわけ。バトンを渡す相手が居ない。「男性らしさを捨てなよ。ただし男性としての責任は負ってね。」と言われてホイホイと男性性を捨てた男性がボロボロになってことごとく社会不適合者になっている現実を見たまえ。男性を養う女性の少なさを見たまえ。だから男性がみんな防御の姿勢をとり始めて、エマ・ワトソンが「男の人~ガード下げてよ~!」と懇願する事態になっているのである。男性を養う女性が少ないのは男性社会の責任であるのか?本当に?フェミニズムはそこをきちんと考えないと、エマ・ワトソンの「男の人出て来て~!」を縮小再生産するだけの集団になりかねない。