文化の盗用論をやるならちゃんとやりぃな

 

 

 文化の盗用論が正しいっていうのなら、じゃあちゃんと全うしいな。「人気が出ちゃったものについては特別に見逃す」とかやったアカンで。ほいたら創作者はみんな「よし、この作品をヒット作にして、この作品の文化の盗用については見逃してもらうぞ!」って頑張っちゃうやんか。だから、文化の盗用論者は「どれだけ人気が出た作品であろうが、文化の盗用をしてるのならダメ」と言い続けなアカン。もしそれを言い続けられるのなら、文化の盗用論者は、一貫した論理と素晴らしいポリシーの持ち主だということや。でも、「人気が出ちゃったものに関してはもうどうにもできない。人気作における文化の盗用は見逃すしかない」と言うのであれば、それは「手塚治虫を叩けなくなったPTA」と同じ末路を辿ってるってことにしか過ぎないんやで。なんか、目についたものをとにかく叩いて、でも時代が変わったらもう叩けなくなっちゃって・市民権を得たらもう叩けなくなっちゃって、というのはもう止めようや。時代が変わろうが、情勢が変わろうが、全くブレない一貫した論理とポリシーを持とうや。俺が言いたいのはそれだけや。俺は左派リベラルが嫌いだからこういうことを言ってるんやない。左派リベラルを応援してるからこういうことを言ってるんやで?それがわかったら、今からニンジャ・タートルズチョナン・カンと、MONKEY MAJIKの『SAKURA』のPVを、叩きに行こうか~♪(チャゲアス風に)

 

 

 

 

 

 

 

 

「手塚作品は有害図書ではない」と鞍替えしたPTAは自身の思想の変遷を説明せよ!

http://masudamaster.hatenablog.jp/entry/2017/07/09/122759

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.